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日常的に聞き慣れた救急車両のサイレン音・・・しかし、自分自身が搬送される時が来るとは、誰しも想像したくありません。 出張先で宴席が終わり、酔っ払った勢いで風呂に入りました。飲酒後の入浴は危険だということは百も承知でしたが、過去にも何度も経験していることから、何の不安もありませんでした。 しかし、今回は違っていました・・脱衣所の濡れた床で足を滑らせ、勢い余って洗面カウンターの角で頭を強打しました。額に生暖かいものを感じて手で覆いましたが、指の間から鮮血が噴出すのが見えました。 すぐさま救急病院に搬送され、額を16針縫うハメになりました。 今までの私は、何かにつけ他人に頼るのが嫌いな性格でした。 過去のちょっとした怪我や病気も、自力で病院に行き、何とか事なきを得てきました。 現在の会社も、他人資本や大手系列でもなく一個人として起業し、小規模ながら独立系の不動産会社として経営してきました。現在まで多少の困難も外部に頼ることなく自分で切り抜け、何とか継続させてきた積もりです。 老後も、子供達に頼らない独立独歩で静かな晩年を思い描いているほどです。 従って、誰にも迷惑をかけず「自分だけに頼る生き方」を理想とする一人です。しかしながら今回の件は、そのような一方的な信条を打ち消される出来事でした。 転倒した瞬間の私は、激痛もありましたが額からの多量出血で、転んだ床に横たわったままでいるしかありませんでした。駆けつけてくれた仲間の機転で、救急病院へ搬送され、緊急手術を受けました。 頭を強打したため、MRI検査なども含めて時間がかかり、宿泊ホテルに帰ったのは明け方近くでした。 感謝の言葉もないと思ったのは、2人の仲間が救急車に同乗してくれ、救急医療センターで手術の間もずっと付き添ってくれたことです。彼らは、ほとんど一睡もしない徹夜状態だったため、翌日の予定はキャンセルし、松山までの乗り継ぎ空路での車椅子も手配してくれました。 冷静に考えてみれば、一人の人間が生きていく上で、他人に助けられている事実が余りにも多いことに気づきます。 人は、生命を宿した胎児の瞬間から母親のおなかで守られ、幼少期は両親や家族に守り育てられ、成人すると友人や知人にお世話になり・・何かにつけ「他人に迷惑をかけ」生きています。 生存本能からくる自己中心的な脳が、それを忘れさせているだけです。 私自身も経営者として、社員によって支えられ、その社員は多くのお客様にお世話になっている現実を、片時も忘れてはならないのです。 冒頭の「誰にも迷惑をかけない、自分だけに頼って生きる」など、とんだ思い上がりです。 自力で生きてきたと思っているあなた・・生かされているのですゾ!
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