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プロテニスプレイヤー錦織選手の世界トップレベルの成績、またプロゴルファーの松山選手の米ツアー優勝など、若手アスリートの活躍に拍手をおくった日本人は私だけではないと思います。
しかし、その偉業を達成するための努力は、常識を遥かに超えるものがあることは誰しも想像にかたくないところでしょう。一般人なら青春の真っ只中・・その 全てを練習付けで過ごす毎日・・自分を律し、世界最高峰を夢見、モチベーションを持ち続ける・・その内面性の強さこそが、運動能力を超える才能と言えるの ではないでしょうか。

さて、ずいぶんと質は違いますが「社長業」もある意味で、経営のプロとしての職業だと思います。
ただ、プロのアスリートなどと決定的に違う点は、自分自身で何かをプレイするのではなく「他人を通してプレイする」ことです。
他人を通してプレイするとは、自分一人の行動をどう決めるか、自分個人の能力をいかに鍛えるか、という問題とは根本的に違います。
人生経験も考え方も違う、感情も性格も違う他人に動いてもらうことで、こちらが望む成果を出す行為です。
それも、たった一人の他人に対してではなく、組織を構成する集団に実行してもらはねばなりません。社長に必要な能力とは、集団の中の一人ひとりの個人が納得し努力をし、能力を発揮してもらう、いわば“他能力生成”能力です。
自分一人の心を奮い立たせ実行し、継続させることでも大変なのに、多数の他人集団を動かし実行してもらわねばならないのです。

社長自身が、如何に魅力たっぷりな方針を打ち出したとしても、また実効性に優れた企画を立てたとしても、それだけでは業績は上がらないのです。
現場の社員が、その方針に納得して自ら実行してくれなければ、業績に結びつきません。
直接お客様と接しているのは社長ではなく、第一線の現場社員が実際の実務を行なっています。
社長の努力とは、すべて「他人を通して物事を実行する」努力と言っても過言ではありません。

社長業とは、自分一人の技量や才能を向上させることに本質はなく、多くの他人をパートナーにし“他人能力”の向上と実行を図ることに、社長業の本質があります。

云うまでもなく、自分は何の努力もしないで他人の力に依存して、他人任せにすることとは、似て非なるものです。
理由は、その集団の「結果責任」を全て社長自身が負う現実からは、逃れようがないからです。

そう云えば、自分一人が努力し、自己結果を示せるゴルフにはまる社長が多いのは、その反動でしょうか?
それにしても、目の前に止まっている一個のボールなのに・・想い通りに飛んでくれないんですね、これがホントに(怒)!・・「ボールも他人?」

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